滋賀県議会

祈念の館

先週の土曜日、地元東近江市内に「滋賀県立平和祈念館」がオープンした。

構想から、実に20年余り。この間、戦没者の方々の遺品の収集や、戦争体験者からの聴き取り調査など、後世に戦争の悲惨さと平和の尊さを伝えるべく、多くの関係者が努力を重ねてこられた。

その想いが、いよいよ現実の形となって現された。

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展示品や、展示内容は、鹿児島の知覧特攻平和会館と比べても見劣りはするが、それでも、リアルな現実は、戦争を知らない世代には、訴えかけてくるものがある。

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滋賀県というと、田舎ゆえ、他府県からすると、相対的に戦時の被害も少なかったのではあるが、それでも、大戦末期には、軍需工場や、陸軍飛行場などの施設が空襲の被害に遭っている。

これは、いわゆるパンプキン爆弾の模型。原爆の投下演習を兼ねて、日本各地に落とされた通常火薬の爆弾である。県下では、大津の東レ工場が爆撃された。

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写真の説明はなかったが、学習室に展示されていた航空隊の写真。 八日市飛行場に展開していた部隊のものだろうか?

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市内にあった、旧陸軍八日市飛行場は大戦末期、特攻隊の中継基地としての機能を果たしていた。当地を経由して、多くの若者が、九州の地から、南方方面に出撃し、命を落としていった。
今も市内には、その当時のコンクリート製掩体壕が残っているのである。

先に述べた知覧特攻平和会館には、その八日市飛行場の説明資料などが掲示されている。

当館にも、その説明は欠かせないと思う。

それが、当地に祈念館の立地を決めた、そもそもの理由の一つなのだから。
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by ohminohito | 2012-03-21 22:52 | 滋賀県議会 | Trackback

遠い昔は日本の都、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康が駆け、松尾芭蕉、白洲正子、司馬遼太郎が愛した日本の真ん中、おうみの国(滋賀県)より日々思うことを書いています。滋賀県議会議員 木沢成人


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